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稽古とは一より習い十を知り
十よりかえるもとのその一

利休さんが、茶道の精神、作法の心得などを百首歌にまとめたと言われている
「利休百首」あるいは「利休道歌」の一首です

師匠から度々言われていた言葉ですが
「ふ〜ん」と聞き流していました。と、言うか
意味がわからず真剣に考えもしませんでした。
その時の私は、ただ点前を覚える事だけに力が入っていた様に覚えています。

この一首の私なりの解釈は
お稽古は、一から習い段階を進み十までたどり着き、又、一より稽古を進めていく。
でも、その時は最初の一ではなく進歩しているはず。何度も稽古を重ねることが大切だと教えられているんだと思います。

まだ私の思いを書き続けて申し訳ないけど聞いてください。  
 稽古を続けていくうちに、
「稽古事はみて覚えなさい」「形を覚えると後から理屈がわかってくる」
この教えかたに 「私だったらこんな教え方しないのに!」と生意気に思い続けていました。

そんな時、ある本に
「習い事は、最初の10年は師匠の言う通りに基礎を覚えなさい。次の10年は、自分のやり方を考えなさい。そして次の10年は師匠が言った通りに戻りなさい。」

この文章を読んだ時、心の中で反発してよかったんだとうれしく思いました。
今は、師匠からの教えプラス私なりの思いを合わせています。
強く何度も教えられたのは
「稽古は、形をしっかり覚えるとこと。そうすれば「な〜るほど」と理屈がわかってくる。」

写真の掛け物は、
「万法帰一」 ばんぽうきいつ
意味は、よくわからない。難しい。
「さあ!気持ちを入れ替えて頑張るぞー」と
いう時にこの言葉をおもい浮かべます。