茶道教室 お茶のある暮らし 【茶道・写真・道具】

茶道を永年続けている友人が、ご主人から
『茶道はそんなに何年も稽古をしないと覚えられないほど難しいものかね』
と尋ねられたそうです。

友人は、『茶道はなかなか奥が深くてねえ』 と答えたそうなんです。
茶道の世界はなかなか奥が深くて稽古をすればするほどやめられません。

とても魅力のある世界です。


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掛け軸

江月照松風吹

秋海どう色紙は江月照松風吹(こうげつてらししょうふうふく)です。
お花は、庭に咲いていた秋海棠と水引です。秋海棠の花はピンクでかわいい花ですが、葉は大きくて厚くて堂々としています。この花が咲くと私は初秋を感じます。
大好きな花です。写真を見て反省したのですが、掛物が短いので花入れは床の中央においたほうがよかったのでしょうね。

島崎藤村の歌に
 秋深し 秋海棠の花をわけ さらに秘密を開くかな
  
 昔、文学少女だった方が、記憶をたどりながら詠みました。

そつ啄同時

なにかの本で「啐啄同時」(そつたくどうじ)の言葉を読んだ事を思い出し調べてみました。
有馬頼底氏の本には次のような説明がありました。

鳥の卵が孵化しようとするときに殻の中で雛鳥が外に出ようとして内からコツコツ殻をたたく音を「啐」(そつ)といい、母鳥がその孵化の瞬間を悟り殻の外をコツコツ突き破る事を「啄」(たく)という。その「啐」と「啄」が同時である事。師弟の間や夫婦、朋友主客の間の機をのがさない一如一体のすばらしいはたらきを言う。と記してありました。

松老五雲披

松老披五雲この尋牛斎筆の掛け軸は4月の大寄せの茶会の時、薄茶席に掛かっていました。亭主が「私の好きな掛物です」とお喋っていました。

松老いて五雲を披く、と読んで頂きました。
めでたい老松の上に五色の雲がたなびいている光景は、いやがうえにもめでたいものです。
私は、茶会で一番に目に留まるものが掛け軸ですね。読めない掛け軸を拝見した時は亭主が説明をするまでが楽しみです。自分がおおよそで読んだ読みは合っているだろうかと思うと楽しみです。
亭主の思いを込めた掛け軸や、その時期に相応しいもの、恩師からの頂き物で是非掛けたいものなど様々な思いが込められている気がします。

「老松披瑞雲」 老松瑞雲を披く
めでたい光景を詠んだ語で、「老松披五雲」と同じような席に掛けているようです。

瀧直下三千丈

7月のあるお茶の講習会の時のことです.
薄茶点前の稽古の時、次客がお茶を頂いているとき亭主、正客は何もすることがないので、そんな時はお話をするようにと、宗匠が言われました。
亭主も正客も緊張した口調でお道具について話していましたら、宗匠が‘何でも結構結構”言わず内容をお話しなさい。と注意しました。確かにそうなんですが、、、、

続いて夏に必ず掛けてある掛け軸の「瀧直下三千丈」についてお話されました。
「飛流直下三千丈」の続きに「疑是銀河落九天」とあり、李白の詩の一節で、瀧の眺めはしぶきをあげて直下すること三千尺もあり、まるで天の川が天空から落ちてきたかと思われるほどであると言う意味だそうです。

掛け軸については、全く解らずただ(なんて読むのだろう)と読むことだけでいっぱいです。講習会などで宗匠のお話を聞くたび(勉強しなくては)と思うのですが、、
でもブログを書きはじめてからは、思うだけではなく少しずつ調べるようになりました。

神光照天地

神光照天地4月のある日大寄せの茶会に出かけました。
お床には、即中斎筆「神光照天地」が掛けられていました。
どのお道具を見ても、而妙斎箱書付、尋牛斎箱書付、惺斎箱書付、即中斎箱書付、等
私には手にできないお道具ばかりでした。
以前は茶会に行った時、どうしてこんなに立派なお道具をたくさん出すのだろうと理解できず、茶会がいやでした。
でも歳を重ねるにつれ、自分にもてないお道具を拝見させていただこうと思うようになり、今は、大切に保存されているお道具を拝見させていただける事が楽しみになりました。

「神光照天地」 しんこう、てんちをてらす
神光とは、中国禅宗の第二祖慧可(だいにそえか)の本名で、慧可が初祖達磨の法を嗣いだお陰で禅が栄え、その徳が天地を照らし出したと言う意味。
また単に、神の威徳の光が天地を照らしている解してもよい。 有馬頼底氏監修の辞典より引用させていただきました。

白雲抱幽石

白雲抱幽石  はくうんゆうせきをいだく

有馬頼底氏の解説に、「白雲が幽寂な石を抱いているのみ、という侘び住まいの風情」とありました。

私が山に登ったときの思いを述べることは、大変に恐縮ですが、友達と2人で1700mほどの山に時々登ります。
頂上に着き景色を眺めている時、真っ白な雲のかたまりが、音も無く前方から押し寄せてくる事があります。そのときは、一瞬、「ドッキ」として、思わず身を伏せますが、前方の岩山や、緑の頂を雲が撫でて行くときは、昔から続いている自然のすごさに驚きながら、のんびりと眺めています。

春来草自生

春来草自生芽が出ましたあちらこちらに春がやってきています。
掛け軸の言葉の通り「春来草自生」ですね。

鉢の中から鬼の角が生えました。
この芽は何でしょうか? 昨年、園芸店で買い求めた花の新芽でしょうか?
もうすっかり忘れていました。

昨年、友達がこんにゃくを作ってみたいと言い出し、種苗店でコンニャクイモを取り寄せて植えた時、こんな鬼の角が出てきましたが、、、、

何が出てくるか楽しみにしておきます。

枯木開花天下春

さくら近くの公園の桜の花が咲きました。
春の花と言えば、やはり桜ですね。桜の花が咲くと穏やかな気持ちになります。
食べなれた食事をすると安心するように、昔から見慣れたものを見ると私の心は、落ち着くのでしょうか?
我が家の庭の隅にある老木の桜もつぼみが膨らみ始めました。
大きかった木も、今は昔の半分ほどになりましたが、薄いピンク色の花を咲かせてくれます。
子供たちが小学生の時などは、土曜日の昼ごはんを、父親が仕事から帰るのを待って、桜の花を見ながらおにぎりを食べた思い出もあります。

  「枯木開花天下春」 枯木(こぼく)花を開きて天下春なり

もち米が炊き上がったようです。
今から、おはぎを作って仏様に供えます。

春は「ぼた餅」、秋は「おはぎ」など言うそうですが、私は年中「おはぎ」です。

見桃花悟道

今日は桃の節句、ひな祭りです。
数年前に、孫のお祝いをしましたが、その後はテレビの上に友達が作った小さなお雛様とお内裏様を飾るだけです。
昔のしきたりは、優雅なものですね。でもひな壇を眺めるときれいですね。

お雛様ときっても切れない桃の花。禅の言葉の中に「桃」の字があるか調べて見ました。

「見桃花悟道」   桃花を見て、道を悟る
「三月桃花紅似錦」 三月の桃花紅にして錦に似たり 
          (さんがつのとうかくれないにして、にしきににたり) 
「桃花千歳春」   桃花千歳の春 (とうかせんざいのはる)
          中国では長寿や吉祥を祝う際の品には必ず桃の絵が画かれている。          桃の花が千年変わらぬ春を彩っている。
「桃李一渓春」   桃李一渓の春 (とうりいっけいのはる)
          桃とスモモの花が咲き、そのうちに花びらは川に流されます。
           世の中は無常がゆえに、時に思いもよらない美しい姿を見せてくれる。

まだまだたくさんあります。
中国では、桃は長寿の象徴であると同時に、魔よけの意味を持つためからでしょうか。

無事是貴人 碌々斎

DSC0331411代碌々斎宗匠が12歳の時の筆で

「無事是貴人」ぶじこれきにん

と読みます。

ある講習会の時にこの掛物がかかっていました。そのときに宗匠から説明を頂いたのですが、禅のことばは、はっきりと理解できませんでした。ただ普通に思っている「無事」の言葉の意味と少し違う事くらいしか理解できませんでした。

11代碌々斎 (ろくろくさい)は1837年〜1910年で74歳の高齢で没した。12代の惺斎宗左のお父様になる方なので、同じ空気を吸っていたような親しみを感じます。

幕末から明治維新の混乱期で、茶道界を守っていくことが困難な時代のなかで、祖道を守り抜いた偉大な方だったそうです。
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