茶道教室 お茶のある暮らし 【茶道・写真・道具】

茶道を永年続けている友人が、ご主人から
『茶道はそんなに何年も稽古をしないと覚えられないほど難しいものかね』
と尋ねられたそうです。

友人は、『茶道はなかなか奥が深くてねえ』 と答えたそうなんです。
茶道の世界はなかなか奥が深くて稽古をすればするほどやめられません。

とても魅力のある世界です。


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掛物

無事是貴人 碌々斎

DSC0331411代碌々斎宗匠が12歳の時の筆で

「無事是貴人」ぶじこれきにん

と読みます。

ある講習会の時にこの掛物がかかっていました。そのときに宗匠から説明を頂いたのですが、禅のことばは、はっきりと理解できませんでした。ただ普通に思っている「無事」の言葉の意味と少し違う事くらいしか理解できませんでした。

11代碌々斎 (ろくろくさい)は1837年〜1910年で74歳の高齢で没した。12代の惺斎宗左のお父様になる方なので、同じ空気を吸っていたような親しみを感じます。

幕末から明治維新の混乱期で、茶道界を守っていくことが困難な時代のなかで、祖道を守り抜いた偉大な方だったそうです。

不学徳不成

不学徳不成 まなばずば、とくはならず
私の今の心境です。

秋には月に関する掛物が多かろうと思い調べてみましたら確かにほかの季節より
月の字が入っている掛物は多くありました。
でも読めない、、、、、、
 
[兎子望月] 兎と月、秋にぴったりですが、解るようで解らない。
[吾心似秋月] わがこころ、しゅうげつににたり
      多分読みは合っていると思うけど、禅語としての意味が解りません。
[不学徳不成] 私の今の心境です。

掬水月在手

秋は月の字がある掛物が多かろうと思い調べていました。
 
 [掬水月在手] 水をすくえば月、手に在り
 
中国の于良史の詩 (春山の夜月)の句の一節で禅の教えを説く言葉として知られています。
 誰にでも水を手にすくった水に映せば月を手にすることができます。
ただ手に水を掬うことをしらなければ、月を手にすることはできません。
仏の慈悲も万物分け隔てなく注がれていますが、それをすくい取る心を持たない人は
与えられた慈悲を感じ取ることができないのです。
私にとって禅の教えとは、なかなか活字だけでは読み取ることが出来ません。
ただ禅の活字だけを見ると、とても素直な心になれる気がします。
 
 今年の十三夜は10月11日です。
仲秋の名月に比べれば月がすっきりと見える気がします。
2度目のお月見を楽しんでみてはどうでしょう。

9月になると

9月の初旬には平水指がつかわれ、大きな蓋を開けたとき見える水面は、まだまだ
涼しさを感じます。

床には [秋来草有声] あききたりてくさにこえあり
 (秋が来ると草に声があるように、草の陰から哀しい虫の音がきこえてくる。)
掛物がかけられ、だんだんと秋の気配を感じます。
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