DSC03106十三代 即中斎筆 「無事」の掛け物です。左下に即中斎宗匠のお花押があります。
私が、茶道の稽古を始めたのは、即中斎宗匠の時代でしたので、ことのほか即中斎宗匠のお筆には、親しみと尊敬の念を持っています。

昔の人が現代の印鑑の代わりのように署名している花押を拝見するのがとても楽しみです。
茶会等で、お道具に書かれている花押を拝見しただけで、「まあ!○○の花押ですね」と、お連れの方とお話されている方が居ますが、良くご存知だなと思いつつ聞いていますが、どなたの花押なのかがわかると、お道具の拝見の意義がより深まってくるのでしょう。私は、ただ花押をデザインとして拝見している気がします。
花押を拝見する時は、つい「カッコいいな」とか「なんの字からできたんだろうか」と想像してしまいます。


話は飛んでしまいますが、表千家お家元の初釜で、残月床に隔年に掛けられる「少庵召出状」と呼ばれるものがあります。
もちろん、私はお家元の初釜に参加した事がありませんので、実際に拝見した事がございませんが、資料で拝見しました。

「少庵召出状」とは、利休切腹の後、少庵が会津藩主、蒲生氏郷に預けられ蟄居を命じられていましたが、徳川家康と蒲生氏郷のはたらきにより、豊臣秀吉の勘気もとけ
少庵を京へ呼び戻した時の、豊臣秀吉の意向を伝える文章で、徳川家康と蒲生氏郷の連署があります。
その徳川家康のしるしである、花押がとてもカッコいいと思います。
とても簡素で、堂々としています。

利休さんの花押の中で「けら判」と呼ばれているものがあります。
是は、歌の中に出てくる螻蛄に似ているからだと私は思っています。

  ぼくらはみんな生きている、生きているから歌うんだ〜
  〜おけらだって、あめんぼだって〜〜と歌われている螻蛄(おけら)です。